中国で成功している営業マンはどのような人なのか。「人当りの良さ」は営業マンとして必須条件だと思うが、それに加えて「誠実」であることがここ中国ではアドバンテージになるような気がする。中国では、日本人営業マンも売上が自分の給料に反映される契約で雇用されているケースが多いだけに、売ることに全力を注ぐタイプが多い。そのためか契約後は連絡がとれなくなることも少なくない。そういう環境だからこそ、顧客との関係をきちんと築ける誠実タイプにより軍配が上がる。今回ご紹介する下簗(しもやな)さんは、中国で営業をスタートさせて5年目。ステレオタイプの営業マンのような派手さはないものの、インタビューの際も、きちんと一つ一つの言葉を大事にして、相手の理解にあわせて話すところは、やはり5年の営業経験を感じさせる。まさに顧客の信頼を勝ち取る、誠実タイプ営業ウーマンといえそうだ。

営業経験はやはり強み!日系企業における採用担当者の視点

『北京とは違って、上海は企業の営業拠点が多いので、営業をやるなら上海と思いこちらにきました。事務所の活気も全然違うと思います。』

まるでこのセリフだけを聞くと、バリバリの営業タイプのように思うかもしれないが、実際の下簗さんのはどちからというとデスクワークのほうが向いていそうな雰囲気だ。絵を書くのが好きなこともあって、大学時代は日本画を専攻。日本画は元々は中国由来ということもあり、顔料の多くは中国産。画材の研究を目的に北京へ留学。大学での研究が4年を経過した頃、絵では生活できないと思い、日系大手電気メーカーで複合機の営業職に。数年の勤務の後、憧れの日系エアラインが上海で営業を募集していることを知る。万博前に大きな変化を見せる上海で働きたいという思いもあり、履歴書を送ったところ。とんとん拍子に内定が決まり、上海へ。約1年ほど勤務の後、この春からダスキン上海で働くことになった。

『何社か営業を経験してみて思ったのですが、自分が好きなものを営業したほうが いいと思うんです。取り扱っている商品が身近で、そもそも私自身が掃除好きだったので、自分の目線でご提案できるダスキンに応募しました。』

面接に訪問した際の会社の印象は一言でいうと「アットホーム」。面接時に、居心地の良さを感じたこともこの会社に決めた理由だ。下簗さんの印象について、当時採用を担当していた秋元部長に聞いてみた。下簗さんの他にも複数の候補者がいたが、即戦力ということで即決だったそうだ。

『即戦力を求めていた弊社にとってはぴったりの人物だと思いました。1社目で複合機の営業経験があったこと、これがいいと思いました。競争が激しい複合機の分野で、シェアが小さいメーカーの商品を営業した経験は大きいと思います。それから比べると弊社の商品を売るのは難しくない(笑)。さらに過去の職歴で日系の大手企業が採用しているところを見ても、日本人社会で重視される日本人としてのマナーに問題ない。上海で働こうと思う人に、このような基礎的なことがができていない人が意外に多いんですよ。』

ダスキンの販売を通じて、清掃用品市場を創る

ダスキン上海では、今までの会社とうってかわって日本語ができる中国人スタッフが少なく、社内の公用語も中国語。営業活動もかつては一人でお客様を訪問していたが、こちらでは中国人スタッフと二人三脚で営業。同僚から中国的な営業方法も学びながら、今までとは違った経験をしているという。

下簗さんは日系企業の工場を対象とした新規開拓営業を担当。日本人にとっては家庭用のイメージが強いが、日本でも工場向けに大きなシェアを占めているという。上海にある日系の工場を中心に、ダスキンのモップやマットといった清掃・衛生商品を導入してもらために、毎日3~5件営業訪問。遠いときは蘇州までも営業に行くそうだ。もちろん営業活動は簡単でない。

『日本ではダスキンといえば知らない人は少ない。それに対して上海では、2007年に進出したばかりということもあり知名度は低いです。さらに、日本では当たり前の工場用 "清掃用品"の市場がない。市場自体をつくらないとだめなんです。』

"世界の工場"といわれる中国だが、実は日本に比べてその工場の現場はおせじにもきれいとは言えない。中国の工場では働く社員自ら清掃を心がけるという意識は希薄で、掃除はもっぱら人任せ。契約している掃除のおばちゃんが来るまで、埃が目立とうがほったらかしだそうだ。こういう環境では、自分たちの仕事が増える清掃用具などを提案しても、そっぽを向かれることもしばしばだ。

さらに、社員自ら清掃する習慣があるような工場でも、やはり効果よりもコスト。レンタルサービスの良さは、定期的に清潔なモップやマットが届けられることにある。それによって常に工場を清潔な状態に保てるわけだ。ただし中国では欧米系のメーカーなどの売り切りのモップやマットのほうがニーズが高く、汚れたら使い捨てすればいいという考え方が根強い。効果の面でも優れていて、再利用できるのでエコなレンタル商品の良さはなかなか理解してもらえないそうだ。それでも、清掃に対する意識の高い日系企業の工場を中心に、着実に顧客を増やしているそうだ。

今後は中国人家庭市場を狙ってビジネスを拡大

さて、中国語では「楽しく、清潔に」という漢字をあてた「楽清(上海)清潔用具租賃有限公司」という名前で営業活動をしているダスキン上海。進出して今年で4年目を迎える。埃が日本とは比べ物にならないくらい多く、家の中はフローリングでかつきれい好きな中国人家庭を考えると大きな市場が眠ってそうな気がするが、あまり広告などを見ることもないのはなぜ?秋元部長は次のように語る。

『まだ家庭市場向けに販売できるシステムが整っていないことが一番に挙げられます。また拡大するにあたってフランチャイズ方式の展開や、販売方法などで日本とは法規制が 異なることもあり、そこを一つずつクリアしていかなければなりません。』

現在はまだ助走期間ということらしい。例えば、広告活動に力を入れても、反響が大きくなると対応しきれないというジレンマがある。今のところは、各家庭に配達して、回収するという往復物流の構築の真っ只中だそうだ。自社で配送車を用意し、スタッフも教育しなければならない。多くの家庭からの問い合わせにきちんと応えるようなシステムを完成してから、大きく売り出していくという計画だ。

潜在市場自体が大きいこともあり、計画どおりならば2016年には売上げ1億元が見込める。上海と東京は市場として似ており、将来的にはフランチャイズも含めて100店舗ほどが市内で営業する見込みだ。売上げの内訳としては一般家庭が5割、工場・オフィスなどで5割を占めたいという。ただし先ほどの物流システムが整備されるまでは、1ヶ月の契約単価が大きい、工場向けに注力するという。

『まず中国でのビジネスを軌道に乗せるために、ダスキンというブランドが通用し、また清掃に対する意識が高い日系工場のニーズを掘り起こす。これが中国ビジネスを軌道に乗せるために重要なのです。実は以前、日本語が話せる中国人スタッフが日系企業向けの営業を担当していただのですが、なかなか受注に結びつかない。それが日本人が営業にいくと受注できる。日系工場への営業活動により売上げを伸ばしていく方針の中、日本人営業マンは不可欠なんです。』

中国進出企業の多くが、目指すところは中国国内市場であり、決して日系企業マーケットではない。しかし、安定した経営のために日系企業のマーケットを取りこぼすことはしたくない。日本人営業マンが必要とされる背景には、こういう企業戦略とも切り離せないのである。 下簗さんがダスキンに入社して約半年。まだまだ覚えなければならないことも多く、時間もなかなか自由にコントロールできないという。

『仕事を始めてから、日本画を描くことはなくなりました。日本画は何回も何回も塗らないと思ったような色がつかないんです。色を塗ったあと、一晩ねかせて、さらに色をつけていくという作業になります。すこし間がたつと、顔料も腐ってしまいますので、たっぷりと時間がとれないとできない。今は上海の風景をスケッチに書き溜めていて、日本に帰った時に本格的に絵を描けたらと思っています。』

営業も中国語ももっと極めたいと考えている下簗さん。インタビューに丁寧に答える語り口から、今の仕事が充実していることを感じた。下簗さんの書き溜めたスケッチが日本画として完成するのは、当分先のことのような気がする。